ディファレンシャル・ラーニング (Differential Learning)
より実践的なドリルとは
スポーツ競技における練習では、「ボールを目標に向かって蹴る」といったような、同じ動作を繰り返し行うドリル練習が行われています。
このような練習は、蹴る動作のフォームを獲得するためには効果的な練習かもしれません。
しかしながら、実際の競技場面では、さまざまな環境要因が影響を与えます。
例えば、フィールドのサーフェスや、天候、相手チームのプレッシャーの有無など、環境要因はさまざまです。
そのような環境の中、咄嗟の判断を下し、ドリル練習で培った能力を発揮できるかどうかは疑問です。
またSchollhornら(2006)は、上記のように環境が目まぐるしく変化するため、一つの試合の中で理想的な動作を何度も行うことは難しく、むしろ変化する環境に対応することが重要であると述べ、ドリル練習に対する疑問を投げかけています。
ディファレンシャル・ラーニング (Differential Learning)とは
試合の中で行われる複雑な動作を習得する練習として、近年ディファレンシャル・ラーニング (D ifferential Learning)が注目されています(Schollhorn, 1999; 2000)。
Differential Learningの狙いは、さまざまな環境の中で、個人に合った複雑な動作をできる限り成功させることにあります。
そこでDifferential Learningにおける練習では質的、量的に違うエクササイズを次々に実施します。そうすることで、身体に与えられる刺激に変化が起き、さまざまなエクササイズの変化の中から自身の最適な動作パターンの習得が可能になるとされています(Frank et al., 2008)。
Differential Learningにおける特徴として、次々と動作を変化させる以外に、同じエクササイズを繰り返し実施しない、修正を促すようなコーチングをしない、選手が自ら発見することを促すなどが挙げられます(Schollhorn, 2006)。
ディファレンシャル・ラーニング (Differential Learning)の有効性
では実際にDifferential Learningを用いた練習は効果的なのでしょうか?
WagnerとSchollhorn(2008)はハンドボールにおけるシュート段階を図1のように分け、これらをさまざまに組み合わせたDifferential Learningを作成し、実施しました。
その結果、パフォーマンスの向上が見られたと結論づけています。
またSchollhornら(2006)はTraditional(伝統的:何回も同じ動作を繰り返し行い、動作を修正するようなコーチングを行う)な練習とDifferential Learningを用いてサッカーのパススキルとシュートスキルを練習した場合、両者に違いがあるのか検証しました。その結果、Differential Learningを用いたトレーニング郡の方が、パススキルとシュートスキルにおいて有意に向上したということが明らかになりました。
ストレングス&コンディショニングとのコンビネーション
Differential Learningを用いた練習法は近年になり注目されている練習法のため、先行研究も多くありません。
またストレングス&コンディショニングに用いられた報告は私が確認する限り見られません。
しかしながら、競技の練習のみでなくストレングス&コンディショニングにおいても大変有用ではないかと思います。
例えば、コンディショニングと競技のスキル練習を組み合わせて行うことで、さまざまな刺激を与え、選手個人のパフォーマンスを最適化すると同時に、心肺機能、スピード、そしてアジリティを向上させることも可能かもしれません。そのためには携わる競技に関する知識やコーチとのコミュニケーションが前提となりますが…
また効率良くパフォーマンスを向上させるのみでなく、コンディショニングとスキル練習を組み合わせることで、選手にとって両者の繋がりが明確になり、結果として動機が内在化し、よりモチベーションが向上する可能性もあります。
個人的にストレングス&コンディショニングコーチとして、さまざまな知識を身につけ、トライ&エラーを繰り返すことは重要なことであると考えています。今回は運動学習で新たに注目されているDifferential Learningを簡単にですがご紹介させていただきました。このようにさまざまな側面から新たなトレーニングメソッドを生み出すのも重要かもしれません。
バイタルストレングス 藤野
図1 Wagner & Schollhorn(2008)によるハンドボールスローのバリエーション
引用参考文献
Frank, T. D., Michelbrink, M., Beckmann, H., & Schollhorn, W. I. (2008). A quantitative dynamical systems approach to differential learning: self-organization principle and order parameter equations, 98, 19-31.
Schollhorn, W. I. (1999). Practical consequences of biomechanically determined individuality and fluctuations on motor learning. In: Herzog, W., & Jinha, A. International Society of Biomechanics, p 147.
Schollhorn, W. I. (2000). Applications of systems dynamic principles to technique and strength training. Acta Acad Estonia, 8, 25-37.
Schollhorn, W. I., Beckmann, H., Mechelbrink, M., Trockel, M., Schelmann, M., & Davids, K. (2006). Does noise provide a basis for unifying different motor learning theories?. Int J Sport Psychol, 2, 34-42.
Wager, H., & Muller, E. (2008). The effects of differential and variable training on the quality parameters of a handball throw. Sports Biomechanics, 7(1), 54-71..